• 家族

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    お盆は実家の岐阜に帰っておりました。久しぶりに家族全員が家に揃った気がします。

    今は私は京都に、妹は東京に。お互いの家を行き来することもありますが、会う日数を合わせても一年に1カ月もないでしょう。

    私が京都に来たのは大学生になったとき。今から5年以上も前。それまでは毎日のように顔を合わせていた家族と、今は年にそれだけしか会えないのですよね。改めて考えるとなんだかしみじみとしてしまします。

    会えない分「家族」というものに関して色々と考えさせられることもあり、その大切さを感じずにはいられません。

    今回は、ドライブに行って、両親おすすめの場所の五平もちを食べ、滝を見に行きました。山に入っていくと、町の中のあの蒸し暑苦しさが嘘のように涼しく、まさに天然クーラーといったものでした。車の中は妹と私のカラオケ。iopdから宇多田ヒカルやスピッツ、イエモンなどの曲を流しながら、遠慮なしに歌います。これがまた気持ちいいんです。

    夜はこれまた久しぶりにトランプをしました。昔よくやっていた“大富豪”と“ナポレオン”。ちょっと頭を使うあたりが面白いんですよね。知らぬ間に熱が入り、夜遅くまでやってました。

    また、父方の祖父が入院している病院に、祖父母に会いに行きました。二人を見ると、ここ数年の時間の流れの速さを痛感します。しかし、祖父は病院で若い方との交流が増えて、少し元気になったと母から聞いていました。確かに、なんとなく顔色も良いような気がします。もうすぐ祖父のための新しい部屋を増築することになっており、二人の生活も大きく変わり始めているのです。それは私にとっても嬉しいこと。本当はもっともっと会いに来なくてはいけないですよね。それしか出来ないんだから。

    帰省中は母のおいしい手料理に身体が喜んでました。食卓にさまざまな料理が並び、家族がいて。これ以上の幸せってないです。 

    数日間でしたが、本当に楽しい時間でした。

  • マイブーム

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    最近のマイブーム。それはウォーキングです。

    もともと散策が大好きでお休みの日になるとよく街をぶらぶらと歩いております。体力にはそこそこ自信のある私はぺたぺたと何時間でも歩き続きます。散策の好きなところは、車や自転車に乗っていると気付かない新たな発見が出来ること。ふらりとお店に立ち寄れること。

    さて、最近はまっているウォーキングはいつもの散策と比べると一生懸命に歩きます。腕と足の延長線が結ぶ辺りを感じながら、大股で手もぶんぶん振って歩きます。この季節は暑いため夜の10時や11時といった時間に行っています。お気に入りのコースは(京都の方はおわかりになるかと思いますが)千本三条辺りから鴨川まで御池通りを往復・夜の川を眺めるオプション付きといったもので、おおよそ1時間強ほどのコースです。

    おとといの夜は非常に眠くて夜そのまま寝てしまったため、次の日の朝4時半頃起きて歩きました。布団の中で「もっと寝ていよっかな」とうい気持ちもあったのですが、朝の川を見たい!!という強い衝動に駆られ、ささっと準備をし歩き始めました。家を出た時は空がほとんど真っ暗で遠くの山の端がすこし赤く染まり始めているような時間でした。

    川まで来た時には空が大分明るくなっておりました。早い時間にもかかわらず、川には所々人がいて、中にはきっと昨夜からここにいるんだろうなという人もいたのですが、私と同じように歩いたり、また走ったり、犬の散歩をしている人がいました。

    時々すれ違う人と「おはよう」の挨拶を交わし、水のゴーっという音を楽しみながら、少しだけ上流に向かって川沿いを歩きました。朝は夜とは違って目に様々な色が飛び込み、人の表情が見え、なんだか世界がきらきらしていました。

    あまりに楽しくて、気持ちがのってきて、そのあと仕事がなければそのままあの遠くに見える山に向かって、この川の始まりまで歩き続けたい気分でした。

    働き始めて1年と半年。こんなに体を動かしていない年は今までなかったように思います。田舎育ちの私は小さいころから外で遊ぶのが大好きで、中・高はバレーボール、大学も体育会に入り、体を動かすことが習慣となっていました。よく食べ、よく動き、よく寝る私の生活から「よく動き」だけがとられたら・・・・悲しきかな、もうこれ以上は言いませんが、皆さま想像がつきますよね。

    そして体の変化に伴い、どこか気持ちもアンバランスになっているように思うのです。「健全な肉体に、健全な魂が宿る」そんな言葉を聞いたことがありますが、まさにそうであると思いますし、生涯大切にしたい言葉です。

    ウォーキングを始めて、体に少しずつ変化を感じ、そして、気持ちも変化しているように思います。先月の7日の書き込みで今年の目標を書かせて頂きましたが、ウォーキングをしている中で、いろんなことを感じ、なんだか楽しくなっているのです。良い兆候です。

    現代は自分自身の体を大いに使わなくても生活出来てしまいますから、意識して動かしてあげないといけません。物質的に豊かであることは様々な弊害を及ぼすことを忘れてはいけません。物事には表と裏、良い面・悪い面があることを肝に銘じるべきでしょう。

    体にいろんなものが滞っていると、きっと心も柔軟性も失われてしまいますから、何か自分に合う形でフレッシュな状態を保っていたいものですね。

    私はウォーキング、習慣になるように続けます!

  • チャリティーコンサート

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    8月8日(日)、チャリティーコンサートに行って参りました。

    コンサートと言っても単に演奏が行われるだけでなく、今回は演奏者の方のお母様(大ママちゃん)のお話を中心に、合間合間にお話の流れに合う音楽が流れてくるといったものでした。

    戦中の厳しい生活の中、大ママちゃんのお母様が娘に注ぐ愛情の深さ、それを感じたくましく生きてこられた大ママちゃん、メロディーとお話が一体となって、心に沁み入ってきました。

    最後は大ママちゃんのご要望で「アベマリア」が演奏されました。きっと大ママちゃんにとっても演奏者である娘さんにとっても特別な思い入れのある曲なのでしょう。聴いているだけで込み上げてくるものがありました。

    演奏会後、参加者20名弱で自己紹介を含め感想をお話しました。その中で私は最年少で、何人かの方は実際戦争を体験された方であったり、昔から親に話を聞いているという人だったり。普段なかなか聞けない貴重なお話ばかり。それまでの高ぶっている気持ちがとうとう抑えられず涙が溢れてきました。

    自分がこうして生きていられることがどれほど有り難いか。人と人との繋がりの大切さを感じ、そしてそれを私自身が大切にしていこうと思いました。こんなに素敵な場にいられたことに感謝の思いでいっぱいです。

  • 自分の親の葬儀に香典を出す?出さない?

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    独立して所帯を構えているなら香典を出す

    家のしきたりや地域によっても異なりますが、一般的には同居している場合は香典を出す必要はありませんが、独立して別に所帯を構えている場合は香典を出します。

  • 髪は茶色のままでいい?

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    黒がベター

    目立たない程度の茶色であれば大丈夫ですが、あまりに明るい色の髪は喪服には似合わず見た目にいいものではありません。

    市販のヘアカラースプレーなどを使って黒くするようにしましょう。

  • 通夜前の弔問の服装

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    派手でなければ、平服でOK

    通夜の前に弔問の際は、あまりに派手なものやカジュアルな服装でなければ平服で構いません。ただし、アクセサリーを外したり、化粧を薄めにするなどの配慮があるといいですね。

  • 七夕

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    私ごとで大変恐縮なのですが、本日誕生日でございます。自己紹介にも書かせて頂きましたが、“七夕”という日であるため、思わぬ人にも誕生日を覚えて頂けるということと、切なげながらもなんとなくロマンチックな感じがして、ラッキーと言いますか得した?と言いますか、とにかくこの日に生んで頂けたことを毎年のように有り難く思うのです。

    しかしながら、私の中で少し残念に感じることがあります。誕生日という実感が年々小さくなってはいやしないかということ。小さい頃は随分前からこの日を指折り数えて心待ちにしていたはずなのですが、今やその日になってもいまいちピンとこないのです。まだ年をとるのが嫌という感情が私の中にあるわけではないのですが、こんなにクールに迎えてしまうことに寂しさを感じます。

    そういうものなのでしょうか?

    思うことは、誕生日に対してだけではありません。季節に対しても、なかなか身体いっぱいに感じることが少なくなったように思います。夏ならば、逃れられない暑さとの葛藤、焼けつくようなキラキラの日差し、蝉の声、かき氷、プールの消毒のにおい。秋ならば恐怖のバッタオンパレード、食欲増進(これは今でも十分感じます)、空、運動会。冬ならば・・・・。昔、その季節季節を彩っていた物が、今の私の生活から消えてしまっているだけなのでしょうね。

    大人になるってそういうこと?

    違いますよね。もっと自分の感覚をフルにオープンにして、色んなものを感じたい。そういう人でありたい。今日この日を迎えることで、またそんなことを考えられてよかったです。そうそう、小さい頃には感じないことを感じるよになったという例もあるんですよ。桜の花を見て心がはっとさせられる、小さなお子さんを見て優しい気持ちになれる。両親と久しぶりに会えた後またねを気丈に言う時の切なさ。それは私の中に新しく目覚めた感情です。だから、本当は年重ねるごとに感じられることは増えていくのかもしれません。ただ蓋をしてしまっているのだけのような気がします。

    せっかくなので今年の抱負を。色んなものに感動し、わくわくし、どきどきして。そんな一年にします!!

  • お悔やみの言葉

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    このたびはご愁傷さまでございます。

    お悔みの言葉は大変難しいものですが、言葉より悲しみといたわりの気持ちが大事であり、それを忘れてはいけません。故人との関係が深いものであればある程、自然と胸がつまり言葉少なくなることは当然のことです。

    「このたびは、まことにご愁傷さまでございます。心からお悔やみ申し上げます。」などが一般的に使われる例です。また、「さぞお力落としでしょうが、どうぞお気持ちをしっかりお持ちください。」「どうぞ、ご自愛なさってください。」など遺族への励ましの言葉を添えたい時はこんな言い方が適当でしょう。

    ただし、いくら高齢での大往生であても、「大往生でめでたい。」などという意味の言葉は絶対に口にしないこと。家族にとっては大きな悲しみであることは変わりません。

    忌み言葉は避けること、そして最初にも申し上げましたように、故人と遺族への気持ちを大切にしたいものです。そのためにも基本的なマナーをおさえておきましょう。

  • 死・苦・不幸を連想させる言葉はNG

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    遺族の苦労や痛みを思い起こさせるような単語や言い回しは使わないようにしましょう。例えば、代表的な言葉として下記のようなものがあります。

    ・四苦八苦

    ・七転八倒

    ・浮かばれない

  • 「死」にかかわる直接的な表現はNG

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    人の生死を直接表現するような言葉は使わないようにしましょう。こんな言いかえが出来ます。

    ・「死ぬ」→→→「亡くなる」

    ・「死亡」→→→「ご逝去」「他界」

    ・「生きていたころ」「生存中」→→→「ご生前」「お元気でいらしたころ」

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